2012年08月18日

写真洗浄 @ 気仙沼

ボランティア3日目は気仙沼。

海岸の清掃が主な活動となっている気仙沼だが、陸前高田2日間でバテバテとなったのを見かねた(と思われる)Oさん、気仙沼復興協会にかけあって、屋内作業をアレンジしていただいた。



活動場所は、廃校となった中学校校舎。

気仙沼街道から山道を15分ほど車で入ると、レトロ映画にでも出てきそうな趣のある木造校舎。

tsukidate20120818.jpg

Oさんでさえ、こんなところに学校があったなんて知らなかったという不便な地だが、その校庭にまで仮設住宅が建てられていたのにはビックリ。

なんでこんな不便なところに? と、頭をひねりたくなるような場所に、仮設があるのはここだけではない。

インフラ(特に水道)が整っていて、高台のすぐに使える場所という条件から、このようなことになるらしい。



津波などで流された写真を救済する作業、気仙沼では盛んで、これまで洗浄した写真の枚数、なんと100万枚だそーです!

約半分が、持ち主に返還されたとのこと。


写真洗浄って、なにか特別な洗浄液かなにかを使うのかと思ったら、単純に水洗い。

バクテリアにおかされたインクは、指でこすると落ちてしまう。

せっかくの画像が洗うことで消えてしまうのだが、バクテリアを残しておくとさらに侵食されるので、ゴシゴシするしかない。


必ずしも持ち主に還るものなかりではないのだが、この日は被災者さんからの持ち込みアルバム。

可能なかぎり救済して、持ち主にお返しすることになる。



社会福祉協議会経由で合流した5名を加えて、計6名が今日のメンバー。

関東方面から来た2名は、ボランティア活動で知り合い、仲良くなったというおばちゃん2人。

高校1年と小学生の兄弟とそのお母さん。

いずれも、東北出身だったり、実家があったりで、自分でも何かできることはないかと考えて、ボランティアに参加してきたそうです。

kesennuma20120818.jpg

言葉を発する体力さえも失われた陸前高田での屋外作業とは違い、べちゃべちゃしゃべくりながらの作業でした。

おばちゃんパワーに圧倒されつつも、楽しく作業できました。



作業終了後、気仙沼市街をOさんに案内してもらう。

復興商店街に立ち寄り、ホヤをさばいてもらい、その場でいただく。

うん、東京でホヤが好きだという人に会ったことないけど、ここのホヤは別モノですぜ。

是非、機会があればご賞味あれ。


やなせたかしデザインのキャラクター、ホヤぼーやがカワイイ”ホヤぼーやクッキー”、お土産に買いました。



衝撃的だったのは、魚市場南側の地域。

去年来たときには来なかった場所なので気づかなかったが、被災したまま、ほとんど手がつけられていない。

水産加工場などがあったという一帯、漁港が復活しても、水揚げした海産物を加工し、全国に出荷するシステムが、これでは機能するわけない。

仮設商店街は大事な取り組みだが、それだけでは、とてもとても復興には結びつかないよね。



今回の活動は、これにて終了ですが、明日は別企画で南三陸に向かいます。


家  東日本大震災救援ボランティア
 
2012/8/17 (Sat) 気仙沼市塚沢  晴れ
 
【作業内容】
 写真洗浄

【作業時間】
 9:00〜15:00

【参加者】
 6名
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2012年08月17日

水路の泥出し(リベンジ) @ 陸前高田

陸前高田2日目。

昨日、使いものにならなかったので、さすがに反省。

多少なりとも体調を整えてきたつもり。


マッチング。

作業は昨日と同じ、個人参加44名は1チームとなり、小友町門前へ。

2日続けて参加している人が半分くらい。

そのうちの一人、小学生くん、昨日の午後はダウンしていたらしい。

まあ、1時間もたず撤退したオッサンよりは、ぜんぜん頑張ってます。



現地に着くと、昨日の成果をまず確認。

影も形もなかった用水路が、はっきりと姿を現しつつあった。

すごい。

40人あまり、炎天下4時間あまりの作業でここまで達成していたんだ。



本日も、炎天下、無風、日陰なし。

気温35度近く、体感温度は40度超えか?

歩くだけで息苦しいくらい。


足場が悪い中、土とガレキに埋もれた水路から泥をかきだす作業。

基本的に重力に逆らう力が必要となります。

スコップで、2、3回かき出しただけで、息があがってしまう。


ハァハァ、ゼェゼェ…


当初、20分作業10分休みというインターバルで作業を開始したが、これを2セット、つまり1時間ほど繰り返したあと、あまりの暑さを考慮し、10分作業5分休憩というパターンに切り替え。


いやー、それでもすぐに息があがるぜよ。


ハァハァ、ゼェゼェ…

ハァハァ、ゼェゼェ…



昨日のように頭がふらつくようなことはないが、皆のペースについていくことに限界を感じるなぁ。

くやしいけど…


”無理せず、どんどん休んでくださ〜い”と、リーダからの呼びかけにこたえることに。

個人的に、10分作業20分休憩パターンに変更。

皆が作業する中、同じように自主休憩をとるおにいちゃん一人。

言葉を発するのも体力がいるので、お互い黙って、静かに体力の回復を待っておりました。


結局、半分以上休憩時間となった午前中が終了。


昼休み、高台にある木陰で昼食。

この1時間、とっても助かりました。


午後、ようやく、人並みに動けそうな気がしてきた。


再び、20分作業10分休憩パターン。

自然と2人1組となる。

1人が数回かき出し、一息つくあいだに、もう一人が今度がかき出し作業という組み合わせで、休み休みながらも着実に作業は進行。



そして…

2日間の成果が、コレ。

rikuzentakata20120817.jpg


2日間のべ100人で、東京ドームのホームから外野までの距離くらいの水路が、完全に姿を現しました!


それでも…

まだまだ手がつけられていない元田んぼが、果てしなく広がってるんだよ。

暑さだけでなく、目まいがしそうだ。

明日以降のボランティア・チームに、心の中でバトンタッチ。


家  東日本大震災救援ボランティア
 
2012/8/17 (Fri) 陸前高田市小友町  晴れ
 
【作業内容】
 水田の用水路のドロ出し

【作業時間】
 10:00〜14:30

【参加者】
 44名(男女、小学生、お年寄り含む)

【資材】
 剣先スコップ
 角スコップ
 つるはし
 土のうスタンド
 土のう袋
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2012年08月16日

水路の泥出し(リタイア) @ 陸前高田

1年ぶりに戻ってまいりました。

昨年お世話になったOさんに、今回もすべてのコーディネートをお願いしております。


初日、陸前高田。


ボランティアセンターに8時すぎ。

朝礼、ラジオ体操のあと、個人参加の登録。

昨年の反省をふまえ、今年はちゃんと東京でボランティア保険の加入してきました。

rikuzentakata20120816.jpg

団体さんの受付終わり、いよいよマッチング。

えっと、マッチングってのは、簡単に言うと仕事の割り振りのことです。

おさらいですが、個人参加の場合、その日に用意された仕事の中で、どれに参加するかをその場で決める。


陸前高田ボラセンのHPを見るとわかりますが、最近では水路の泥だし、ガレキ撤去、草取りが多いようです。


結論から言うと、本日の個人参加43名は、マッチングするまでもなく1グループでした。


仕事は、田んぼの用水路の泥だし。

場所は、小友町門前。

おっと、昨年と同じ住所じゃねーですか。


この小友町は、広田半島の付け根部分に位置しており、太平洋と広田湾に挟まれた地域です。

そのため、太平洋と広田湾の両側から津波に襲われたという。

当然、残された田畑は泥とガレキに覆い尽くされた。


震災から1年半たった今も、田んぼは手つかずのまま残されているんですね。

オリエンテーションでは、遺体や人骨らしきものが発見された場合の注意事項などが…



いや、じつはこのオリエンテーションの頃から、ヤバイなと感じてた。

朝から30度を突破したかと思われる炎天下、10分を超えるオリエンテーションのあいだも、お日さまギラギラ!


ボラセン出発時に、すでに水筒の水は半分以上飲みつくしてました。

やむを得ず、現地への移動途中、コンビニでペットボトルを補給。



現地について、唖然…


東京ドーム3個分という広大な田んぼ。

炎天下に加え、無風、日陰なし。

おまけに、元田んぼには雑草が生い茂り、足元が悪くてまともに歩ける状態じゃない。


さっそくスコップで掘り始めるも、すでに異変が。


圧倒的に水分が足りない!

頭ふらふら!

身体に力が入らない!



いや、ですから…


正直にゲロします…


前日、東北入りし、Oさんとの再会を祝って、しこたま飲んだわけです。


途中のコンビニで、実は吐いてました…

正真正銘のゲロです…


すいません…



でも、もうムリ…

このまま熱中症になってしまうと、その方が大迷惑。



活動開始1時間もたず。

最初の休憩でリーダに申し出て、リタイア。


女性、小学生、お年寄りも含めて40数名の中で、いの一番にギブアップするのは、かなり勇気がいったよー。


でも、自分が悪いんだし。


車の中でしばらく休んだけど、とてもあの炎天下の作業に戻れるとは思えず…

ひとりだけ、ボラセンに戻って休ませてもらった。


スタッフさんにも、昨日の飲みすぎのせいと、正直にコクりました。



「勇気ある撤退」

「賢明な判断」


とか、言われましたが、チョー落ち込んだっす。


いったい、何しに来たんだか…



今夜はちょっと酒をひかえるぞーっ!

できるかな?


家  東日本大震災救援ボランティア
 
2012/8/16 (Thr) 陸前高田市小友町  晴れ
 
【作業内容】
 水田の用水路のドロ出し

【作業時間】
 10:00〜10:45(チームとしては 10:00〜14:30)

【参加者】
 43名(男女、小学生、お年寄り含む)

【資材】
 剣先スコップ
 角スコップ
 つるはし
 土のうスタンド
 土のう袋
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2011年08月29日

ガレキ除去 @ 陸前高田

昨日までは個人参加 (とは言っても、Oさんにすべて手続きから何からおまかせ) だったが、ボランティア最終日の今日は、小学校の先生グループ8人とチームを組みます。

ってことは、2回目のリーダ確定。

活動場所も、気仙沼を離れて、陸前高田へ。

車3台に分乗し、気仙沼から陸中の海岸線に沿って北上。

ちょっと見ると静かで美しい海岸線、しかしカキ養殖のイカダはことごとく流されてしまい、気仙沼−大船渡をつなぐローカル線は、いまだに復旧の見込みがたっていないとのこと。


湾内の島が防波堤がわりになった気仙沼と違い、津波の直撃をまともに受けた陸前高田は、広範囲にわたって街並みが消滅するという凄まじい被害を受けた地域。

あまりに広大な荒地で、ここが人口23,000人を擁した市街地だったとは、前の姿を知らないこともあって、なかなか想像さえできない。

最近買い換えたばかりのデジカメを取り出すと、何のために搭載されているのかさっぱりわからない GPS機能が、 ”リアスコーストショッピングセンター、リクゼンタカタシ” と表示、その機械がゆえの無邪気さに腹が立つ。


患者さんを4階建ての屋上に避難させ、かろうじて難を逃れたことで知られる陸前高田病院の近くを通過。

指定避難所となっていたために、逃げ込んだ約100人のうち、生き残ったのはたった3人しかいなかったという体育館も。

しかし、巨大な建造物が天井まで吹き抜けになり、鉄骨が捻じ曲げられた破壊のされ方を見ると、生き残った人がいたということ自体が、奇跡に思える。


照明塔が残っているので野球場跡と判別できる高田松原球場は、ガレキの集積所となっているようでした。

takadamatsubara20110829.jpg


そんな中、 「奇跡の一本松」

高田松原7万本の松はすべて流されてしまったが、1本だけ津波に耐え、海岸沿いにすくっと立ったまま残っているその老松は、陸前高田の復興のシンボルとなっている。

ipponmatsu20110829.jpg

ガレキ越しに見える一本松。


陸前高田のボラセン、予想以上に小ぢんまりとしていた。

気仙沼と違って人数制限を行っていないため、連日 500〜600人のボランティアが押しかけていると聞いていたので、相当な規模かと思ったが、むしろ気仙沼より狭く感じるくらい。

ワタクシたちのチーム、既に団体登録済で、仕事も割り当てられていた。

キターーーーッ!

ガレキ撤去!!

ガレキと言っても、細かなガラスの破片などを拾う作業との説明。

ガレキ置き場として借りていた畑、大物ガレキはすでに片付けられたが、細かなガラスの破片などが表面近くに埋まっていて、可能な限り畑に近い形に戻してから、貸主さんに返したいというのが依頼人さんの思い。


来るもの拒まずの陸前高田ボラセン、そのかわり現地まで自力で向かうというのも気仙沼との違い。

ここまで案内していただいたOさんと別れて、メンバー9人、車2台に分乗し、現地に向かう。

通行止めではないけれど、舗装されていない箇所が多い道は避けた方が良い、ということで、迂回路を行くようにとのボラセンの指示。

しかし、そんなことはお構いなしのカーナビに従ったため、海岸沿いの被害の激しかった通りを走ることに…

右を向いても左を見ても、ガレキの山、山、山…

岩、木材、廃車など、ほぼ仕分けはされているが、その山の大きいこと…

ガレキを運び出すダンプが行きかい、かなりホコリっぽい。


現地着、一見して、この広さと人数じゃ、ちょっと今日の仕事は最後までやりきれないなと思う。

なのに、今日もまた思い思いに、作業開始。

どうしてもノープランで始めてしまうんだよな。

昼休憩のあと、全体を見渡して、奥の方がガラスや陶器の破片、石、板の端切れなどが多く散乱していることが判明、残された活動時間、集中して攻める方針をメンバーに伝える。

もうちょっと早くに気づけば良かった…

otomocho20110829.jpg


今日もまた、休憩時間に依頼人さんである奥さんのお話を聞く。

当初は隣りのお寺が避難所となっており、自分も被災者であるのに、被災者の受け入れ支援で働いていた。

いろいろな所を転々としたあと、ほんの2週間ほど前、やっと戻ってきたが、もうこの家に住むつもりはない。

高台に土地が見つかり、そちらに引っ越すつもり。

戻ってきてからも、しばらくは何もやる気にならず、何かしようとしても身体が動かなかった。

2日ほど前から、やっと障子の張替えに手をつけることができた。



そうなんですね、やっとここからなんですね、復興は…


ボラセンから作業終了期限として指定された午後2時、ちょっと心残りではあるけれど、仕分けしたガレキをまとめて、作業終了。

用事で出かけた奥さんのかわりに、おばあちゃんに挨拶。

すると、おばあちゃん、また来てくれと言ってくれた。


今回は、これで最後の活動となるが、考えてみればこの4日間、どの被災者のお宅でも歓迎を受けた。

依頼人さんの思いにこたえる仕事ができたかどうか、自信もなく、申し訳ないばかりなのに…


おばあちゃん、道路まで出てきて、ずっと手をふってくれている…

ふいに涙がでそうになった。

何とかして、また来なくちゃな、と思った。


家  東日本大震災救援ボランティア
 
2011/8/29 (Mon) 陸前高田市小友町  曇り 晴れ
 
【作業内容】
 畑の細かいガレキの除去
 
【作業時間】
 10:00〜14:00
 
【参加者】
 9名(男3名、女6名)
 
【資材】
 スコップ(大、小)
 熊手
 バケツ
 土のう袋
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2011年08月28日

石垣の枯れ木除去 @ 気仙沼

本当はね、今日はお休みをもらおうと思ってたのね。

せっかく東北に来たんだから、ちょっと戻る形になるけど、1日くらい仙台まで足をのばして、利府でイースタンの試合でも見ようかなっと。

ボランティア初心者には、ちょうどいい中休みじゃないかとも思って…


やめました。

せっかく東北に来たんだから、ちょっと筋肉痛だけど、できるだけ活動に参加していこうと。

ボランティア初心者なんだし、いろいろな活動を経験しておきたいなとも思って…


今日は、またちょっと変わった仕事をしたいなぁ。

漁業の町らしく、魚網修繕の仕事があるとのこと、興味をそそられたが、今日のリストには無かったみたい。

あと、写真洗浄ってのが定番で、屋内の仕事で比較的軽作業ってことだけど、マッチングでアナウンスがあって、ちょっと悩んでいる一瞬の隙に定員がうまってしまった…


あー、もー考えてもしょうがない。

”石垣の枯れ木除去” に立候補。

しかし、募集人員は男だけ5名か…

写真洗浄に突進しなかったことを後悔した。

案の定、現地に向かう車の中でも、何の会話もなく、重い雰囲気。


昨日の現場、八日町を通って、急な狭い坂を上る。

気仙沼は、急峻なガケがせまっている地形で、そのガケにかけ登って助かった人も多数いるという。

登りつめて、こんどは下がりはじめたかと思ったその瞬間、目の前に大きく開けた光景…

全滅した町が、一気に眼下に広がる…

テレビでは何度か見た覚えもあるけど、突然目の前にその光景が現れるとは思ってもいなかったので、さすがに息をのみました。


いろいろな意味で言葉を失ったまま、現地着。


今日の仕事の説明を、依頼主のおばあちゃんから聞く。

かつては緑におおわれていたと思われる石垣、積まれた石の間、刈らずに残していた根っこも海水のせいで枯れてしまい、ヘドロに埋まっている。

緑の再生はあきらめたので、枯れ木とヘドロを除去してほしいとのこと。


ここで、今日のボランティア5人、困ってしまいました。

いったいどうやってやるんだ?

作業の仕方、まったく見当もつかない。

とにかくやってみましょうと、思い思いに作業着手。


カッチャという器具が、根っこにこびりついた泥をかき出すのに使えそう、と誰かが言った。

とりあえず目に付いたところから作業にかかろうとするが、石垣の上の方からやった方が、泥が下に落ちるので効率的と、他の誰かが言った。

そんなこんなで、男5人、無言の連帯感の中、作業は進んでいく。


石垣にはりついての作業は、ちょっと油断するとふらついたりするので、思った以上に注意が必要。

あと、やっぱり暑いし…

根っこが強力にはっていて、とてもじゃないけど、全部引っこ抜けそうもない。

没頭していると、そんなに根っこまでやらんでも、それでじゅうぶん立派、とおばあちゃんが声をかけてくれる。

そう、たぶん、一部を徹底的にやっつけるよりも、全体的、平均的にキレイにする方がいいんだよなと思いつつも、5人が思い思いのスタイルで作業するので、なかなか…


昼休憩。

おばあちゃんに、ご自慢の田舎汁をご馳走になる。

たっぷり鰹ダシをベースに、無添加味噌で味付けし、豆腐、大根、にんじん、それにサツマイモが煮込まれた、超絶品の田舎汁!

持参したおにぎりに合わせたかのようで、おばあちゃんのサービスに大感激っす。


手加減なしの東北弁にとまどいながらも、おばあちゃんの話を聞く。


船や家が眼下を流れていった…

津波がせまってきたので、家の裏のガケに登って避難した…

まさかここまで津波が来るとは思わなかった…



そりゃそーだよな、と思う。

海抜数メートル(くらいと思われる)高台にあって、1階の天井近くまで浸水するなんてね。


裏手のガケに登ってみる。

sakaecho20110828_01.jpg

手前のお屋敷が、おばあちゃんの家です。

おばあちゃんひとりで住んでいるわけではなく、他の皆さん仕事で不在なだけと聞いて、少し安心した。

が、このお宅の庭に、テントが2つあり、ここで寝ているんですか? とは、とても聞けませんでした。


午後の仕事、再開。

なんとなく仕事の要領がわかってきた頃に、活動時間終了。

5人のうち、仲間で参加していた3人は、明日もここの作業に立候補するとのこと。

ワタクシともう一人のボランティアさんは、明日は参加できないけど、3人に思いをたくす。

会話がない中でも、気持ちがひとつになってきたかぁ。


で、今日の成果。

sakaecho20110828_02.jpg

本当は、ビフォーアフター比べればわかるんだけど、だいぶキレイになった気がします。

この右手にある庭の清掃が、明日のテーマだね。

ガンバレ、3人組!


家  東日本大震災救援ボランティア
 
2011/8/28 (Sun) 気仙沼市栄町  晴れ 曇り
 
【作業内容】
 石垣の枯れ木、泥の除去
 
【作業時間】
 10:00〜14:30
 
【参加者】
 5名(男5名)
 
【資材】
 スコップ
 カッチャ
 ノコギリ
 一輪車
 ゴミ袋
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2011年08月27日

古タンス再生 @ 気仙沼

ボランティア2日目にもなり、ちょっと余裕。

でも、それがアダになって、マッチングのときに仕事を選びすぎたかも?

迷ったあげく、”民家の床掃除” に応募。


男2人、女1人のチームで、ワタクシ以外2名が初心者だったので、なんと2日目にしてリーダーになってしまった。

”ボランティアは、3日やればベテラン”

という言葉もあるそうで…


”じゃあ、ボランティア2日目だったら、中堅ですよね”

と、今日のチームメイトに言われた。

そーだよね。

ま、なんとかなるっしょ。


今日の依頼者は、気仙沼のダウンタウンにある 「佐々木ギャラリー」 さん。

高級陶器を扱う店で、蔵造りの店舗は、登録文化財にも指定されているとのこと。


今日の仕事は、本当のところ、どうやら我々のチームが到着してから考えたらしく、事前に聞いていた床掃除ではなかった。

リーダーとしては、ちょっとドキドキ。

壊すことが決まっている近所の知人宅から、古タンスを運び出し、キレイに清掃して設置するという仕事。


その知人宅に移動中、八日町の様子を車から。

「佐々木ギャラリー」 さん以外にも、多くの登録文化財があったという市街だが、ことごとく被災。

有名な3階建ての酒屋が、1階、2階を押しつぶして、傾いた3階だけが残っていたり…

家屋の崩壊度合いは、前日の南郷よりもひどい。

ほとんどすべての家屋で、1階部分にはガレキが積まれている状況。

もう5ヶ月もたっているのに…


目的のタンスは、引き出しの一部が開かないような代物で、本当にこれ使うんですか? という疑問は封印して作業に没頭。

依頼者の 「佐々木ギャラリー」 さんは、御主人と奥さんと息子さんの3人家族。

作業指示は、すべて奥さんから。


ところが、休憩になると、御主人が突如主役に…

メチャクチャ話好きで、休憩時間を過ぎてもしゃべり続けてました。

あのときは、貴重品とか、パソコンとか、通帳とかを中二階に投げ上げて、車で逃げたとか。

依頼者さんのお話を聞くのも、ボランティアの仕事のひとつなのです。

決してサボってるわけじゃない。


昼休憩では、まさかとは思ったけど、ランチをご馳走になってしまう。

昼食持参じゃないと、ボランティアに参加できないと言われていたのに…

息子さん作のパスタ、レトルトをベースに味付けをアレンジしたとのこと。

その一工夫が素晴らしく、ミニサラダも付いて、麺はデチェコだし、とてもレトルトとは思えない本格ミートソースでした。


またもや、御主人のトークショー。

でも、そんな話の中から、気仙沼における復興の課題が見えてきたりもする。
 
 仮設店舗街の計画があるが、倉庫や冷凍庫が復活していないので、
 モノを買いにくる人がいない。それでは、経済がまわらない。

 
 街路は片付いたが、店舗や家屋はこれから壊すフェーズ。
 壊したあと、やっと復興が始まる。

 
 大手よりも地元の業者を優先するのが市の方針だが、地元業者は
 仕事をかかえすぎているので、順番がまわってこない。
 被災者の求める復興のスピード感に合っていない。



と、ここで想定外の展開。

一緒に活動している2人、実は予定があって、2時半に上がりたいと言う。

え?

それって先に言えよっ!

と、ムッとしてはいけません。

ボランティアは、遠くから足を運んで来ているわけだし、帰りの予定もあったりするので無理をさせるのは禁物。

でもやっぱし、オリエンテーションのときに言ってほしかったなと思いつつ、事務局に連絡して、2時半に迎えに来てもらうことに。


肝心の仕事ですが…

タンスの清掃なんてやったことないし、どうしたらいいのかわからない。

奥さんの指示にしたがって、水かけてタワシでこすったり、雑巾でふいたり。

本当にキレイになっているんだろうか?

何度ふいても、雑巾は真っ黒、キリがない。

そのわりには、ぜんぜんキレイになっているように見えない。


本当に自分のやっていることは、被災者の人の役にたってるんだろうか?

しかも、ランチまでご馳走になってるし。

いったい何しに来たんだろう?

あせる新米リーダなのである。


タンスを置く場所も決まり、安定させるために床に板を敷くことに。

板の長さををノコで切りそろえて、いよいよタンス設置。

yokamachi20110827.jpg

お、なんかおさまった感じじゃねえか?

想像以上にカッコイイ!


ちゃんとした仕事ができるのか自信もなく、限られた時間ではあったけど、今日も達成感あり。


ボラセンに戻ると、救急セットとカーブラシを忘れてきたことに気が付いた。

ボラセンの人が取りに行ってくれることに。

すんませんです。

リーダとしては、いまいちツメがあまい結末でした。


家  東日本大震災救援ボランティア
 
2011/8/27 (Sat) 気仙沼市八日町  晴れ 曇り
 
【作業内容】
 古タンスの運搬、洗浄、設置
 
【作業時間】
 10:00〜14:30
 
【参加者】
 3名(男2名、女1名)
 
【資材】
 バケツ
 雑巾
 タワシ
 カーブラシ
 スポンジ
 洗剤
 ノコギリ(現地にて借用)
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2011年08月26日

泥のかき出し @ 気仙沼

勤続??年でもらえるリフレッシュ休暇を活用して、東北にやってきました。

いつもだったら、太平洋超えて野球見に行くところなんですけどね。


朝8時すぎ、気仙沼ボランティアセンター着。

ボラセンまでは、今回の活動をコーディネートしてくれたOさんが車で送ってくれた。

初めてなので、まずはボランティア保険に加入。

※2011/9/8追記

加入後に聞いたことですが、保険料は各センターが負担しており、その保険金は義援金などでまかなわれているとのこと。

あちゃー ふらふら

被災地の負担を少しでも減らすため、ボランティア活動を希望する人は、それぞれの居住地で保険に加入するようにしましょう、ってことで。

気仙沼ボラセンでは、個人登録は64名までしか受け付けていないとのことだが、Oさんが事前登録してくれているので、仕事にあぶれることはないようです。


9時になり、オリエンテーション開始。

事前に聞いていた注意事項がほとんどだが、ひとつひとつ頭に刻み込むように聞く。

そして、いよいよマッチング。

マッチングってのは、仕事の振り分けを決めるプロセスで、ルールは簡単。

要は、早いもの順です。

活動の内容と募集人員がアナウンスされると、希望者は前に出て、自分の名前と携帯番号を書いたポストイットを貼る。


キンチョーの瞬間っすね。

前に出るタイミングも難しいよー。

”力のある男性2人” という募集には、さすがに尻込み。


次々にマッチングが決まっていく。

黙って見ていても意味がないので、4,5番目に紹介された活動に立候補。

選択のポイントは、男女混合だったこと。

女性も募集するってことは、ムチャクチャきつい仕事でもなく、ボランティア初心者でも何とかなるんじゃないか、と。

しかも、活動内容は ”泥のかき出し”

おー、なんか、ボランティア定番じゃないか?


すでに40回くらい活動しているという大学院生がリーダー。

今日はこの人についていこう。


依頼主さんは、78歳の男性で、奥さんを震災で亡くされているとのこと。

こちらから突っ込んで聞くなどしないように、との注意事項も。


ボラセンのスタッフさんの車で、現場へ。

気仙沼湾に流れ込む大川沿い、南郷という町。

遠めに見た限りでは、フツーの住宅地だが、近くで見ると、ことごとく1階部分がやられている。

約1mの堤防を津波が超えてきたことを想像してみる。

庭と見えたところは、元本宅だったが、現在は撤去したとのこと。

花が手向けられている。


依頼主さん自ら、奥さんのことを話してくれた。

奥さんは1階で寝たきり生活、何かあったときには私のことはいいから逃げてと言っていたんだって。

数軒先で見つかったそうです。


側溝自体がガレキと壁にかこまれているので、単純にかき出せばいいというものでもない。

カラダひとつはいるのがやっとの側溝の中に入って、少しずつ端に寄せていくという地道な作業となる。

自然、男性陣が泥をかき出し、女性陣が泥の中から可燃不燃、ガレキの仕分けをするという分担になる。


休憩をはさんで、たっぷり15時まで。

曇り気味で多少は助かったけど、暑さはやはりこたえた。

それ以上に、腰にくる作業で、マスクをはずせないのも苦しくて…

午後は側溝を出て、自主的に仕分けと土のう運びにまわった。

土のう運びも腰にくるんだけどね。


結果、こんな感じになりました。

nango20110826.jpg

時間内には無理かとも思ったけど、みんなでやり切ったという達成感あり。


1日目で、服がドロドロになった。


家  東日本大震災救援ボランティア
 
2011/8/26 (Fri) 気仙沼市南郷  晴れ 曇り
 
【作業内容】
 民家の側溝から、泥のかき出し
 
【作業時間】
 10:00〜15:15
 
【参加者】
 8名(男5名、女3名)
 
【資材】
 スコップ
 熊手
 土のうスタンド
 土のう袋
posted by かくらん堂 at 23:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 被災地にて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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